Featured Rooker Vol.7 – Mr. Shun Nagamura –
今回は若くして野望の塊、長村旬君です!
これと思ったものに突き進んでいくその原動力を今回は追ってみました!
旬君(以降「旬」):いえいえ、僕でよければ全然ありがたいです。
旬:はい、僕は高校を卒業してから、大阪のファッション系の専門学校でファッションビジネスの勉強を3年間していました。
旬:大体そんな感じです。専門学校にいたときは英語に触れる機会はなくて、当時の自分はまさかここ(カナダ)に来るとは思ってなかったですね。
旬:パリコレなどにも出品する会社に就職できて、そこで働かせてもらっていました。
旬:そうですね。NewYork発の会社だったので、本当に色々なことを学ばせてもらっていました。
期間は1年ちょっとだったんですが、英語でのやりとりが多めだったんです。
旬:そうですね。環境にも本当に恵まれていて、会社の方々が留学経験がある人がほとんどいなくて、だから今のうちに行っておいた方がいい、と背中を押されることがとても多かったんです。
そういうこともあって留学に行くということが自分の中でどんどん大きくなっていきました。
旬:そうです。行きたいと思ってましたし、行かなきゃとも思ってました。
このファッション業界と渡り合うためにアメリカ英語を学びたいっていうのが最初の動機でしたけど、そんな時に高校の時の友達がカナダに留学にいってて、それが一番の理由でカナダを選びました。
もちろん、働かせてもらってた会社がNew York発ということもあって、そこに近い都市だったトロントが留学予定先に自然と上がってきました。
旬:それは結構昔からなんです。
ありふれた理由かもしれないですけど、中学ぐらいからファッションが好きだったんです。
高校に入った瞬間にはファッション業界で食べていくということを決めたんです。
それを話していたらその時の英語の先生が、ファッション業界行くなら英語だよ、と言っていたんですよね。
それは今はなるほどって思います。
旬:美的感覚を使うもの、例えば、絵とか、画家に小さい頃からかなり興味があったんです。
それが、小学校後半から中学校くらいからインテリアのほうに興味が移ってきて、美容系にも興味が変わっていったりして、最終的にファッションに落ち着いたのが高校に入ってからですね。
旬:そうですね、自分で言うのもあれ何ですけど信念の強さには自信があります。
ただ、留学中にこの道でいいのかなって思うことがあったんですよ。
旬:プランを組んでこっちに来て2年経ったんですけど、いろんな世界、いろんな境遇の人を見てきて、昔の自分の考えに従わなくてもいいのではないか、っていう考えが生まれたんです。
旬:それは僕も思います!
旬:好奇心は旺盛な方だったと思います。これは今でも変わりませんね。
ただ、もっと保守的で守りに入ってたかなとも思います。
旬:多分、自分の周りがもうファッション関連の人ばっかりだったので、そういうコミュニティの人とか、会話の内容がSpecificなファッションが会話の中心になるような環境にもまれていて、だから逆に他の世界のことをあまり知らなかったっていう意味で保守的だったんだと思います。
旬:そこそこ大きい都市で、寒くて、色んな人種の人がいるっていうことですかね。
旬:そこそこ大きい都市っていうのは正解でしたね。
寒いっていうところは、まぁ寒かったんですけど、夏は快適だと思いました冬はちゃんと寒いので、これから来る人は特にしっかり防寒をしてくださいって言いたいですね笑
最後の色んな人種の人がいるのは予想を超えてましたね。こんなにいるのか、って思いました。
旬:そうですね。トロントは寒いとは言いつつもこの気候は僕好きです。空気がきれいだなーって思いました。湿度がない分、本当に快適です。
旬:この快適さなら僕-36度でも大丈夫です笑
旬:留学中の壁は地味にありましたよ。気温とかではないですけど、やっぱり自分で一つ一つしっかり決めていかなきゃいけないですし。
それこそ留学前から壁があったような気がします。
旬:留学に行くということそれ自体が自分にとっては挑戦でした。
やっぱり自分が一番好きなブランドで働けていたので、このチャンスを逃してまでまさか自分が留学を選ぶとはって最初は思っていて。
ただ自分でそう思ってしまったら止まらなかったですね。
お金の面も安くはないので親に説得もしました。最初は援助が必要だったので。
旬:まず自分でいろいろと調べました。それで、将来の自分が英語をしゃべれる状況とそうじゃない状況でどんな違いがあるかっていうことをプレゼンに近い形で伝えて、留学が自分にとってどれくらい重要なものかっていうのを知ってもらうように努力しましたね。
旬:そうですね、仕事探しについては苦労しましたね。
服の仕事を探そうと思って、Bay and Bloorのあたりにレジュメをめちゃくちゃ配ったんですけど一切連絡をもらえなくて。。ダメ元で配ったのはわかってるんですけど、ダメだったときはやっぱり堪えましたね。
旬:今はレストランと古着屋で働いてます。
旬:そうなんです。日本の古着市場はかなり大きいんですけど、その専門知識を前職で持っていたので、それでもって雇っていただけました。
ただ、実は何度もアタックしてるんです。めちゃくちゃプッシュして、ようやく雇っていただけたので、本当によかったです!
旬:いや、諦めましたね笑
配っても無理であれば、単純に自分の実力的に無理なんだなって思ったんです。
最近だと中国人のお客様が多いという理由で、We chatのアプリや中国語が話せるかなどをかなり聞かれましたし、あとは英語のレベル的にもシンプルに高くて、顧客の囲い込みが難しいんだなって思わされました。
それで背に腹は変えられないということでレストランで働き始めたんです。最初はすぐに辞めようと思っていたんですが、そのレストランの同僚がとてもいい人たちで出会いにも本当に恵まれて毎日がどんどん楽しくなっていったんです。少ないWH期間をこの人たちと楽しんでいきたいなって。
旬:結構ありますね笑 まず色々な意見があって、それがどっちかが正しいかっていうことを思わなくなったことですね。
いろいろな考えがあってしかるべきだなって、以前から思っていましたけど、それに確信を持てるようになりました。
旬:チャレンジ精神ですね。最初は果てしなくしゃべれなかったですから。
留学していろいろ経験してからでないと古着屋さんでは働けなかったと思います。あそこまでチャレンジしたのは人生でもなかなかないと思います。
だからこそ、ちょっと無理かもって思うことでもとりあえずやってみようと思えるようになったし、とりあえずやってみることもできるようになったと思います。それで、ダメだったときの心の整理もうまくなったかなと思います。
レストランの仕事がまさにそれで、毎日仕事が楽しくて、逆に別のところで働かなくてよかったと思ってます。
旬:もちろんです!前いた会社からはありがたいことにいまだにお誘いをいただけているので、戻ってバイヤーのポジションをゲットして、ゆくゆくはパリコレの本場に行けるような仕事をしようと思ってます。
それから留学して、色んな人種性別年齢の人とかかわっていくうちに、ファッションにとらわれない、いろんなキャリアへの可能性や視野を考えられるようになったので、この辺りは今温めてます笑
旬:欲を言えばもうちょっと英語の勉強をしておけばよかったって思うんですが、でもそのままで行けばいい感じなるぞー!って言いたいですね。
旬:こちらこそありがとうございました!!
その意志の強さに視野の広さを手に入れた旬君!
どこかで名前を聞く日もそんなに遠くないかも?頑張れ旬君!応援してるよ!!!!